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前エントリから話は飛ぶが書く。
アンコールが始まり、一曲め、恋レボが終わってメンバーが一列に並んだ時。最後のMCに、小さな、そして大きな山場があった、と思う。
それぞれが感謝の言葉を述べていく。会場に来てくれたファンに、久々に集まれた仲間に、武道館という特別な場所に。
久住、小川、矢口、石川、と進んで(順番の記憶あいまい)、吉澤は「小さいお子さんと一緒に来てこうやって手を動かしてあげて踊っている人や、新しくドリームモーニング娘。を知ってファンになってくれた人」にも感謝の言葉を言った。「ファンのみなさん」ってひとことで片付けずに、いろんなファンの様子、吉澤の目で見たひとびとを丁寧に描写した。ほんと、吉澤ってファンよく見てるよね。そして、「新しいファン」について言及したのは吉澤だけだったように思う。ツイッターで若い人々がドリ娘。すげーとかつぶやいててちょっと話題になってたけどそーゆーの意外と見てんのかなぁとか思った。新しいファンの存在は古いヲタ的にもうれしいし、吉澤なりに「ドリ娘。はただの懐古趣味じゃねーんだぞ(なかったんだぞ)」ってことをちょっと言いたかったのかもしれない。
そして飯田が、確か飯田だったと思うけど、「スタッフのみなさん」にも感謝を述べた。それをきっかけに、みんなの意識が、じんわりとそのひとに向かった、と思う。
そのひととは、夏先生だ。山場っていうのは夏先生への感謝を誰がどう表すんだろうってこと。
「夏先生ありがとうございます」という気持ちは、メンバーとヲタに暗黙のうちに共有されている。けど、だから、あえて言わなくていいとも言えるし、言ったほうがいいとも言える。その判断は現場の、その瞬間、そこに立っているメンバーの感覚次第な気がした。夏先生への感謝の気持ちという「波」がその場でどういうカタチになるのか。
ライブ前夜、夏先生のブログ。
このエントリに「『第1章終幕』!? なんてタイトルを付けてくれるんだ、まったく。。。」という一節がある。
いったん終わりにするけど、またいつかやるかもしれない。決めてないし、わからない。そういうビジネスの都合優先で気軽に「第1章終幕」ってタイトルが決まったんだと思う。その気軽さを敏感に感じ取った夏先生の苦笑と諦めと少しの苛立ち、そして、それを凌駕する責任感と情熱と自負、自信、つまりは愛情。ポジに、ネガに、二重三重に揺れ、うねり、高まる夏先生の気持ちはドリ娘。を見つめる者たちの胸をうつ。船酔いと安眠が紙一重の海。夏先生は俺らヲタとメンバーの乗る船に素手でロープをくくりつけ、ぐいぐいひっぱってくれた。
夏先生の名前、中澤が言うかな?と思ったら言わなかった。でも、涙いっぱいの目で「そして、スタッフのみなさん」と言った目線の先にはきっと絶対。そして最後、なっち。バトンを受け取ったことを意識してかしないでか、天然なのか計算なのか、まったくわからないなっちスマイルで、真正面を見て、少しゆっくり「夏先生、ありがとうございます」と安倍は言った。
春はさぁ、中澤のグループだなって思った。
中澤の想いがエンジンだなって。
秋はさぁ、正直よくわからなかった。存在意義がわからなかった。
春と秋と、この武道館は違った。
なんだろう、それって。
第1章終幕と名付けられたからこそ、生まれたものがあるんじゃないか。
第2章があるかどうか誰にもわからない。でもさ、あるんだよ。絶対。第1章って名付けるってことは、そういうことなんだよ。第2章も第3章も第4章も同時に生まれたんだと思う。それはライブがあるとかCDが出るとかいうビジネスのカタチのことじゃなくて、「つづいていくんだな、たぶんずっと」っていう意識が生まれた。生まれてしまった。そのことを夏先生は直感的に感じて「なんてタイトルを・・・」って思ったんだと思う。これってつづくじゃん、終わらないじゃん、永遠じゃん。あたしはとうとう「永遠」に絡めとられてしまった、と。
永遠への畏怖。つづいていく宇宙。
ドリムスは、宇宙の真実を体現する女のコたちの物語なんだ。うん、そうだそうだ。
・・・・・というような頭のおかしいことを九段下を歩きながら考えてた。
2曲目かしまし。この曲のダンス、意外と体育会系な動きが多くて、吉澤は「煽り上手なお姫様」って感じでぐいぐい攻めてきてウイアラでじわっと懐かしい気持ちになりつつ(続く・たぶん)(TL見てたら書きたくなったー)
「ああ、ハングリーアングリーは2人でひとつなんだな」と強く思った。一心同体っていうのともちょっと違って、ふたりで、一個。そういう存在。
衣装が白になっていた。
当然のように黒が基調だった世界観が大きく変化した。破れてもいない、ツルっとした印象の光沢素材。鋭角的なライン、逆立てた髪にはこれまで通り「戦い」「攻撃」のイメージを保持させているけれど、なんていうか、、、、今までと違う。今までは、この戦いが終わってもまた次の戦いがあり、傷は治る前にえぐりえぐられ、ふたりは血を流しながら夜の谷底に落ちていく終わりなき流血、その一瞬の涙を封じ込めたのがhangryandangry-f。そういう世界観だったと思う。
ところがあの白さは。
生まれたての生き物のそれであった。
ハングリーは白地に赤。アングリーは白地に青。
これは前からそうだったけれど、白地ゆえにさらに目を引くその色は、まさに動脈と静脈。
そして空腹と怒りは身体と心の象徴だ。身体と心、両方ある生き物に。誰もがなりたくてもがく。
まるで砕けた卵の殻をひきずっているようではないか。
卵のなかから、あらかじめ傷だらけで生まれてきた生き物。
彼女たちはこれから、殺すために戦うのではなく、生きるために戦う。そんな気がした。
そして、この変化に311が関係ないわけはないと思った。黒でなく白でいこうという決断に。戦いの意味の変化に。
ハングリーの腰のあたりに赤い楕円っぽいものが見えた気がして、それも日の丸イメージかなとか思った。
新曲のタイトルが「レコンキスタ」。世界史の微かな記憶。wikiでは「再征服運動」「国土回復運動」。奪われたもの・失ったもの(土地、文化、生活、宗教)を取り戻した歴史的な出来事、約700年にわたる長期間の、とざっくりとらえると、そのエッセンスは再生であり復興。いまの日本をまったく意識せずにこのタイトルを選んだと考えるほうが無理があるだろう。
とはいえ。
吉澤は、レコンキスタを説明する時に「革命みたいな意味」って言ったよね?これが謎なんだよねー。
もし震災を意識したコンセプトだったら、作り手はそのことをふたりに説明したと思うんだよね。レコーディングや衣装合わせなんかで。なんで吉澤は「革命」って言ったんだろう?
1)作り手から説明がなかった。
2)説明されていたがうっかり忘れてしまった。
3)説明されていたが話が長くなるし、思わぬ失言をしてしまうリスクを避けた。
4)レコンキスタとレボリューションはだいたい同じと覚えてしまった。
どーなんでしょうね。 説明がなかったっていうのが妥当な気もしていて、だとすると案外、ほんとにただの語感で決めてたりして。あるいはスペインでの販路拡大のための施策だったりしてw と思いつつ、今夜の新曲発表を待つのであった。それにしても吉澤眠そうだったね。アディオス!
東京マラソンからちょうど一ヶ月経った。
あの明るく澄んだ2月の青空はどこかに行ってしまった。
一ヶ月後、こんなふうに窓の外を見つめることになるなんて誰が思っただろう。
地震以来、指紋が擦り切れるんじゃないかってぐらいiPhoneをこすって、
それでいて思うように頭も身体も動かないまま仕事をしたりなんだりしている。
吉澤のことも、わりとふと考える。
元気かな、とか。
身体を休めることができてたらいいな、とか。
地震のあと初めて買った本(雑誌)が「Number Do」だった。
それまでは「必要な情報」にばかり意識がいっていた。
駅を降りて、書店に入り、そのムックを手にしたときの右手から全身がほぐれていく感じ。それはデジタルな「必要」な情報じゃなくて、実際に手で触れられる好きなもの・読みたいものだった。本の重みに癒された。で、家に帰って吉澤の自転車のページだけ見て「きゃわえーーー!」と叫んでぶっ倒れた。
あさりさんがついったーで、昨日、「明日で一ヶ月」とつぶやいてくれて、
あぁ、そうだった!と思った。あさりさんがこの大変な日々の中でも東京マラソンのことを大切に思ってることがわかってうれしかったし、その一部に吉澤が入ってるだろうと思うと、さらにうれしく感じた。
そして、きょう、「あれ?私が載ってる!(略)よっすぃ〜の東京マラソンフィニッシュ直後の一枚。」ってつぶやいていたので、「え?」と思ってあわててページをめくって吉澤の写真を見つけた!自転車の見開きのほかに東京マラソンのところにも吉澤載ってた。あさりさんに抱きついて上向いて泣いてる。あさりさんは後頭部のみの登場だ。もっと早くつぶやくこともできたんだろうけど、一ヶ月という節目の日まで待つという配慮。そして「あれ?」とか小ボケ。いいひとだなぁ、あさりさん。
吉澤が載っているのは「ランナー41人の証言」という5ページのコーナー。
1ページに7〜8人のランナーのゴール後の写真とひとことアンケートが並べてあり、ページごとにタイトルがついてる。最初のページから「4時間を切った人」「仮装の人」「美男美女」「泣いていた人」「制限時間ギリギリでゴールした人」。吉澤は「美男美女」じゃなくて「泣いていた人」のページに載ってる。
吉澤ひとみさんラン歴1年25歳タレント。
泣けた。
そうだよ。
ラン歴1年25歳タレントなんだよーーーーーーっ
こんなに無邪気にこんなに一生懸命こんなにシンプルに、
東京で42.195キロを走れることが、これからあるんだろうか。
同じじゃなくてもいいんだけど。
変わっていくのはいいんだけど、もう東京で無邪気でいられなくなった気がしていて、それが悲しい。
雨の日は、雨のことだけ考えていればよかった。
雪の日は、傘をささずに歩くのが好きだった。
白い空見上げたりしてさ。顔に雪片受けたりしてさ。手を広げてみたりしてさ。地面がせりあがってくみたいって思ったりしてさ。
吉澤だってそうなんじゃないかと俺は勝手に思ってる。
吉澤の表情、ニガワラって前回書いたこと後悔してた。
痛みに歯を食いしばってる表情だったんだよね。
痛そうなの伝わってきてたのに、なんでそんなふうに受けとめちゃったんだろう。
どっかで俺は吉澤のしんどさを直視したくなかったんだと思う。
直視しなくちゃね。
被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。
一日でも早く復興する事を心から願っています。
一人でも多くの方が笑顔になりますように。
私も出来る事から応援しています。
UFAのサイトに掲載された吉澤のメッセージ。
「応援していきます。」じゃなくて「応援しています。」なんだよね。
未来形じゃないよ進行形、応援ing。
「出来る事から」の「から」もいいよね。
「あなたは」とか気軽に語りかけないところが吉澤らしくて好きだ。と俺は思った。
ドリ娘。コン、やってほしいな。
そしてLOVEマシーン歌ってほしいな。
歌えるようになってるといいな。
国際展示場駅に着いたのが3時ごろ。2時38分に35キロ通過とwebで見ていたから、急がないと。人の流れに乗ってけば着くだろと思ってたら
「こちらからは観覧ゾーンに行けません!」と叫ぶ係員。えーえーえー?
一応、公式サイトから当日の歩行者用の交通規制が書いてある地図を出力して持ってきていたが、そもそも見ていなかったので自分が今どこにいるのかわからない。ともかくそこから一段下の地面に降りなければならないらしい。小さなエレベータが一台しかない。並んでる。ウサギのかぶりものをした集団が。色が赤いので石川さん関連じゃないなと思ったりしながら並ぶ。ウサギの人々だけでなく、お揃いのユニフォームやTシャツの人が多くて、そこから醸し出されるコスプレ的かつチーム愛的な高揚感が空気に充満している。あと、汗。
そんな状態だったからゴール手前150メートルぐらいにある観覧ゾーンにたどりついたのは3時15分ごろだったかもしれない。吉澤がゴールしたあとに辿り着くのも逆においしいと思ったけど、吉澤はまだゴールしていなかった。
本当はFINISHゲートのところで表情を見たかったが、そこは一般人は行けなかった。
手前のスタンド席も入場制限で並んでる。会場の空気はのんびりとしたものだったけど、みんな、だれかの応援に来ているわけで、おばあちゃんもおじさんもおばさんも若者もお母さんもお父さんも小さい子も、基本は天気のいい休日のお出かけモードなんだけど、根っこに、ある種の真剣さと「熱」があった。
柵の後ろから見ることにした。
柵の後ろに人が3重ぐらいに重なってる。おずおずとその後ろにつくと、すぐ前のひとが帰っていったので少し前に行けた。そしたらその前にいた人も数分後に帰った。だから柵の最前に行けた。
ランナーはほとんど歩いてると言っていい感じ。
張り詰めた空気ではなく、なごやかで「あーがんばっちゃったよ、俺(あたし)」っていう満足感&照れの表情で歩き走り。柵のところの知人が声をかけたら、立ち止まってしゃべって写真撮影したりする人も。道の向こう側は空色のピカピカ光る服を来たブラスバンドがいて、ゴールに向かうランナーを励ますように音楽を演奏。突然手前に浴衣姿の阿波踊りの人々が登場。踊ったりした。東京マラソン恒例だそうだ。お祭りなんだなぁと思った。天気もよくて、ブラスバンドの生演奏もあって、たこ焼きやケバブの屋台も出てて、会場のMCの男女も軽やかにランナーをいじりながらトークを展開している。
ブラスバンドがいきなり「負けないで」を演奏した時は驚いた。
吉澤、今くればいいのに!!!と思った。
ていうか吉澤はなかなか来なかった。
身長と同じぐらいの大きさの十字架を背負って走るキリスト、ゴスロリの女性、ピカチュウ、戦場カメラマンそっくりさん、など、いろんな人が走ってくる。42.195キロのウケ狙いに感動した。いろんな人がいる。
吉澤はまだ来ない。
制限時間まであと30分を切ってしまった。
吉澤に「よっすぃ〜!」って声をかけたかったんだ。
できることがそれしか思いつかなかった。
吉澤に力をあげたい。パワー注入したい。そんなこと考えてた。
途中で棄権するかもと思っていたから、もっと手前の地点に行こうかなと思ったりもしたんだけど「どうせ行くならゴールだろ!?」と内なる声。
そうだよな。と思って有明へ。
でもほんとになかなか来ない。あと20分だとMCが言う。
40キロ通過は確認できたけどそこからここまでそんなにかかるって、もしや、ギリギリで、ギリギリで、本当に棄権?
いつ来るか、いつ来るか、と人々の群れを見つめる。
もう通り過ぎてんじゃ・・・まさかと思うがこの俺が吉澤を見逃したってことあるかな?
まさかそんな・・・・とアイデンティティが崩壊しかけた時・・・・
重なる人々の向こう側に、吉澤っ!!??あれ吉澤だよね??
白とグリーン。キャップ。番号。吉澤だ・・・・
でも、声、かけられなかった。
張り詰めてて、折れそうで。
シャーペンの芯みたいだったから。
シャーペンの芯が、前を見て、グッ、グッ、グッと歩いてた。
となりにぴったりと女性ランナー(トレーナーのかこさん)がついていて、安心した。
わからないけど急に吉澤がころんだら支えられるぐらい近くにいてくれた。
空気は張りつめてだけど、表情は、一言でいえばニガワラっていう感じだった。
逆か。表情はニガワラなのに空気が張りつめている。
張りつめてる吉澤を見たことがないわけじゃない。
ライブだってガッタスだってそう。
でも張りつめたものの外側に膜が、一応、いつもは、ある。
外部への意識というか、クッションというか。
ゴール直前の吉澤は、なんか、シャーペンの芯そのものっていう感じで、
そういう意味でハッとしてしまって、声、かけられなかった。
内側と闘っている感じがした。声をかけることはそれを邪魔することのように思えた。
ゴールして、浅利さんと抱き合って号泣って、だから、すごくわかると思った。
シャーペンの芯が人間に戻った瞬間。ホッとして。あと、痛みもあったんだと思う、かなり。足、ひきずってる感じはあった。
トレーナーのかこさんのツイッター:
「よっしぃもテーピング凄い!と大感激!!脚痛くて痛くて仕方ないのに、よくがんばりました(T_T)」
ほんとうに、完走おめでとう。泣けます。泣いてます。
吉澤さんを支えてくれた周囲の方々に感謝。ありがとうございます。
追伸
画像置いときます。クリックすると大きくなるです。
「完走できたらいいな」と思っている。願っている。祈っている。でも「完走してくれ」とは思ってない。
俺がいま一番恐れているのは、無理して完走して吉澤が膝に大きなダメージを負うこと。
ひどいダメージを受けるくらいなら、途中で走るのをやめてほしいと思う。
だって、そしたら、また練習できるじゃん。完走できたとしても、今後、本格的な運動ができなくなるようなダメージを受けるのが怖い。
『今回フルマラソンは初めてで、去年の11月頃からトレーニングは始めたんですけど、1回腰を痛めてちょっとお休みしてしまって、それからまた膝を痛めて練習できなくなってしまったりして、ペースがゆっくりになってしまったんです。なので膝の痛みがどれだけ出るかってのがあるんですけどでもとりあえず時間内完走、7時間くらいなんですけど、それを目標にやろうと思ってます』(週刊NY生活より)
行間から悲壮感が漂ってると思うのは俺だけ?
あの吉澤が、時間内完走が目標、なんてことを言わなきゃならないような状態。
走れるとこまで走って(だから最初はハイペースかもしれない)、膝、痛くなったら、歩く(ヒジはちゃんと引いてフォームはできるだけキープしつつ)というつもりなんじゃないかな。
正直、無理なんだと思う。今の吉澤にフルマラソンは。
日本人は言霊信仰が強いから、こういうふうにみんなが望んでいないことを言葉にすると、
非難されたりする。まるで「言葉にすること」=「その現実を引き寄せようとすること」であるかのように。
でも、だからって、ただ望ましいイメージを言葉にするのがいいことだと思えない。
問題は・・・・
完走できないかもしれないと感じている、今の吉澤のプレッシャー。
完走できなかったときの吉澤の気持ち。
そのときに俺に何ができるのかという無力感。
兵藤さんと言えば、吉澤的に「大人とは何か?」について学ぶことが多かった「美女放談」が思い出される。兵藤さん相手だからこそ、正直な気持ちが口をついて出たのかもしれない。
このインタビューの時にオフレコで「もし完走できなかったら・・・」みたいな話をしてたらいいな。
兵藤さんから、そういう場合のアドバイスもらってたらいいなと思う。
「ファンの人も関係者も、あなたが精一杯やったことはちゃんとわかってるから」と。
そして、ジョグリスの人も、事務所の人も、一応、そういう場合のこと考えてくれてると信じてます。
結果っていうのは、プロセスでもある。
練習がじゅうぶんにできなかったら結果は出ない。吉澤はそういうこと知ってる人だと思う。
だから、つらい。
だから、再び挑戦できる状態でレースを終えてもらいたい。
完走できたら素晴らしいと思う。でも、もし棄権という判断が適切な場合は、関係者の方々は吉澤にきちんと指示してほしいと思っています。吉澤さんがずっと「負けず嫌い」のスポーツ大好き美人でいるために。
吉澤からのメッセージが店内に飾ってあるという青山の期間限定アシなんちゃら
のお店に行ってきた。俺はいま、なんとなく人生に行き詰まりを感じていて、
突破口が欲しかったのだ。吉澤からのメッセージ。
吉澤が手にし、見つめ、ペンを走らせた紙がそこに貼られているんだ。
その前に立ち、吉澤の字を読めばドーンドーンと花火が上がり、進むべき道がパーっと虹のように現れるのではないか。
そして俺は今日から生まれ変わって歩いていけるのではないか。
そうだそうに違いない。
すがるような気持ちで、俺は雨の中、青山まで出かけた。
ちなみにアシなんちゃらはジョグリなんちゃらという番組と
関係の深いスポーツメーカーさんだ。
検索でアシなんちゃら関係の方がここに来て変な文章を
読む羽目にならないように配慮したキリッ。
表参道A4出口を出て、くるっと曲がって歩いていくと、あったあった。
駐車場にコンテナを直角に並べてる。カフェ的なワゴンがあって、中央には
パラソル的なものと小さなテーブル。雨だし、特にイベントを
やっている時間ではなかったせいで、関係者ぽい人々が三々五々しゃべっている感じ。
ふむ。正面のコンテナはイベントスペースぽくて今は動きがない。
左のコンテナは、お店のようで、中に人がいる。でも。
でもでもスポーティな感じの女性ばっかである。ここ、がっつり女性向けコンセプトなのね。レディースしか置いてないです。
しかもコンテナだから小さいわけ。幅2メートル長さ5メートルぐらい。そこに
ウエアと小物が並んでいて、今にも走り出しそうな女性店員さんが3,4人。
気付かれずに入るのは無理だ。仕方ない。スポーツオーラがゼロどころかマイナス500
の俺がのっそりとドアを開ける。
いらっしゃいませ、と言ってくれる。
見渡す。「ほほぅ、興味深い」という表情で、全体をゆっくり見渡すふりをしながら高速レーザーで
吉澤メッセージを探す。まずアサリさんのを発見。ふーん、という風に眺めながらも
店員に何か言われる前に、と焦って目線は動く。呼吸困難になりそう。
次に見つけたのはQちゃんの紙。うむ。あー店員さんに話しかけられたらなんて言おう?
彼女にプレゼント?どうしようどうしよう、
競合メーカー社員の偵察なんだけど悟られないようにがんばって無表情にしてるっていう設定はどうだろう、
それいいかも、しかし、俺は姿勢も悪いしスポーツオーラがとにかくない、あぁ考えてる時間が惜しい、
一歩奥へ、奥へ行こうでもあと3歩で店なんか全部だぜ、どこだ、どこなんだ吉澤ぁああああっ
「あの、もしよろしかったら」
「はいっ????」
ついに話しかけられてしまった。
「こちら、東京マラ☆ン公認バナナです。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
バナナくれたーーーーーーーーーっ
東京マ☆ソン公認バナナ「ラカ○ンバナナ」
「走ったりされるんですか?」
「いや、、、その、、、、知ってる人が、、、マラソンに、、、モゴモゴ」
「ええ、どうぞ見ていってください(にっこり)」
五次元的な会話のあと、ゆっくりした足取りで必死に電波飛ばすと店の左奥の角のところにあったぁあぁあああっ吉澤の色紙!
「Let's enjoy running!」
スマイルマークにピースのイラスト。
ああああ、イラストかわええええええええっでもメッセージは定番だったぁああああああ。
走ることを楽しみましょう。
それを噛みしめながらふと顔をあげて、紙の右サイドの壁に目線を動かすと、一枚の写真が目に入った。ウエアがかけてあるハンガーのところにハガキより一回り大きいぐらいの写真がちょこんと乗っている。吉澤だ!袖が黄色で身体が紫色のウインドウブレーカーを着て立っている。
ここで撮ったみたいな感じ。
かわええええええええええええっ
凝視したいが俺には時間がない。
凝視する。凝視する。自然と不自然の間のコンマ0秒の勝負。
あの空間で「写真撮っていいですか」と聞く勇気がなかった。
あー、俺さわやかキャラだったらなぁ。そしたら、スッと言えたのかもしれないなぁ。
変に緊張しちゃってたから余計ハードル高く感じた。はぁ。
そっと店を出た。
レッツエンジョイランニング。
走れってことかな。
身体動かせってことかな。
行き詰まってないで。
とか解釈しました。
そんで、帰宅して、さっきバナナ食べましたとさ。

バナナはいつもこうしてナイフとフォークでいただくpです。
甘すぎなくてさっぱりしてておいしかった。吉澤もこれ食べたのかな。
そして……今ふと思ったんだけど、最初から「吉澤ひとみさんのファンで」と言えばよかったんだよね。
アホだ。
なんだかな。思考が固くなっている、それこそが行き詰まりというものであろう。
動かそう。頭とココロ。ありがとう吉澤。
ジュンジュン、すごく遠くを見てるな、と思った。
横アリの屋根を超えて、ずっとずっと向こうを見ていた。
吉澤は卒コンSSAで、屋根の一点を見つめていたように思う。
そうすることで、その場全体と自分を俯瞰していたように思う。
ジュンジュンは、一直線に、遠くを見ていた。
ジュンジュンは、これから旅に出るからだ。
そして、少し、心に期すことがあるからだ。身体が震えてしまうほどに。
亀井は、つながろうとしていた。
自分とヲタの間の空間を、自分の気持ちで埋めようとしてた。
ダンス、うまくなってたんだね。。
まるで客ひとりひとりからふわりと出ている透明な糸を、そっと束ねて、
軽くひっぱったり、ゆるめたりするような。すべての客とつながろうとする間合いと強さ。
キレがあるとかそういうんじゃないんだ。空気を切り裂くのではなく、空気を・・・空気を身体の一部にしたくてたまらないというような、客の方に1ミリでも近く手を差し伸べるような、カラフルなゴムボールをひとりひとりに手渡すような、やさしくて温かくて大きくて余韻のあるダンスだった。
6期の3人でやった曲とか愛にあふれてて死にそうな気持ちになった。
「リンリンが自分が言いたいこと自分でわからないとき、みんなが先にわかってくれた」
「私はとてもラッキーで幸せ。だから、お願いです、みんな私よりもっと幸せになってください」
この「みんな」ってメンバーのことじゃないよ、ヲタのことだから。
「これからも、同じ青い空の下にいるよ。だからリンリンのこと忘れないでください」ってそんなこと言われたら泣いちゃうじゃん。
道重は「リンリンは、自分のことより、人の幸せをいつも考えてた」って言った。
「そういうところ尊敬する」って。
リンリンは光だ。太陽のような強い光じゃなく。
動いて、サッと近づいて、パッと照らす。流星リンリン。もう俺らの視界の外に行ってしまった。でもきっと、どこに行っても彼女は誰かを照らす。そのことで、彼女はさらに輝く。
モーニング娘。は家族でした、とジュンジュンリンリンは言っていた。
これまで日本人メンバー(OG)は「家族よりも一緒にいる時間が長い」という言い方をしてきたと思う。「家族以上」っていうのは家族がいる人にしかできない言い方なんだ、と思った。「家族でした」の重みを思った。
そんなふうにがんばってきたJJLLをあっさり辞めさせてしまうなんて。
我々が失ったものの大きさを想う。
連絡する、いつでも連絡してね、3秒で約束したハニートースト食べに行こう、それらのことはきっと実現しないだろう。(しかしなんでもっと一緒にメシ食ったりしないんだろうね?)
ライブが始まってすぐ、亀井の笑顔を見て腰が抜けそうになった。
なんであんなにキラキラしてるんだ。楽しそうなんだ。心の底から。
「みんなに卒業を言うまでが怖かった」と何度か言ってた。
バスツアーのこと「思い出すと切なくなるぐらい幸せ」って。
切なくなるぐらい幸せってなんだよw
セレモニー明けの「雨の降らない・・・」での道重の表情。
あれは苦悶と言ってよかったのではないか。
急に実感してしまった、という感じで、彼女の中で何かが重たく止まっていた。
ガキさんのセレモニーでの亀井への最後の一言笑った。
「これからは、お化け屋敷では進行方向に向かって逃げてください」
高橋が亀井に言ったこと。
「みんなに、自然に、、、自然に、ものすごく気を遣ってくれてた。ほんとは私の仕事だったかもしれないのに」高橋、涙ぐんでた。
高橋、リーダーだもんね。向いてないの、自分でもわかってるのが伝わってきて、でも、がんばってて、でも、限界があって、俺まで唇を噛んでしまった。
メンバーが花束渡しながらジュンジュン、リンリン、亀井、に一言ずつ言っていく。
道重が「いっぱいひどいこと言ってごめんね」とジュンジュンに言ったんだけど、
そしたら、ジュンジュン、なんて言ったと思う?
「だいじょうぶ、いいことしか覚えてないよ」って。
それから、左手を伸ばして、道重の頬を手のひらで、そっとなでた。
俺死ぬかと思った、感動して。
「モーニング娘。のこころはひとつしかない」
ってジュンジュンは言った。これジュンジュンがどういう意味で言ったのかわからないけど、いいなと思ったんだ。形は変わっても、こころはひとつ。
ボックス席で見てたOGたちの表情が見たかった。
断片的なレポートになっている。
「おつかれさま」
自分の記憶では、この言葉はライブ中、一回しか出てこなかった。
高橋から、亀井へ。
リンリン「渡良瀬橋」
ジュンジュン「ふるさと」
亀井「春ビューティフルエブリディ」
亀井の曲でハワイツアーを思い出した。ひとピンクみきピンクで大笑いしたツアー。バスとかの移動中ずっと聴いてたアルバムの曲。
ジュンジュンは、納得してるけど、ほんとは少し、悔しい気持ちがあるように感じた。
丸みを帯びた手づくりの鉄剣を、こころにひとつ、持っている。
リンリンが流星なら、ジュンジュンは剣。
磨く力は身につけた。不安はあるが旅立つ覚悟はできている。
そんなふうに感じた。
亀井は、矛盾めいているが、卒業すると決断したことで、自信を得たように思う。ステージ上でも。
無邪気と理性のバランスが美しかった。
希望と諦観のシーソーの真ん中で立ちあがって、のびのびと踊っていた。
ワクワクして、ニコニコしていた。
未来に。
明日のJOGLIS+に吉澤が浅利さんとともに出演するらしい。
もうすぐシドニーマラソンだもんね。
てか吉澤、オーストラリアこないだも行ってたっけ。
ってことは、きっとこれ見たね。
や、これは少し前に自分がオーストラリアに行ったときの写真。空港の。
このロゴ、、、、どっかで見たことある、、、、
そう、これはバーガーキング。
なぜかオーストラリアではバーガーキングがハングリージャックスなのだ。
町のあちこちにあるし、シドニー空港にもどかーんとあるので、きっと吉澤の視界に入ったに違いない。つい「ハングリー・・・・」とつぶやいたに違いないのだ。
そして現地スタッフ(陽気なオージー)から
「Oh!吉澤サン、ハングリー?」と話しかけられ、
「イエス!あ、違う、いいえです、ノーノー、ドンマイ、サンキュー」とあわてる吉澤、というショートフィルムを脳内上映している日曜日である。
ちなみにこれはアデレード動物園のパンダである。
センスが欧米だよね、欧米じゃないけど。
全くどうでもいいがこれはワイナリーのブドウ畑。
自分が行ったのは二ヶ月ぐらい前だけど既にダウンジャケットが必要だった。今はもっと寒い、真冬だろう。冬なのでブドウの樹は枯れ木のようになっている。緑色は雑草。冬でも緑がきれい。空気と日差しのせいらしい。吉澤、オーストラリアで観光する時間なさそうだけど(ワインにも興味なさそうだし)、こーゆーとこ自転車で走ったら気持ちいいんじゃないかなぁと思った。
