耳の握力

2006.07.18 Tuesday 21:10
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    なんだかんだで23日夜、行くことにしました。
    あうー。煩悩に負けたー。スペジェネ見たいー、ショートよっすぃ見たいー、卒業も気になるー。

    管理人バトンのときに書けばよかったんだけど、そしてここを見てる人はたぶん知ってるブログだと思うけど、「それはそれとして。」さんと「I believe that 全テ's 偶然ジャナイ」さんを私はよく見ています。(この「さん」の使い方が社会人ぽいな。リンク貼らないけどわかるよね)

    で、最近展開されているもろもろのレビューをはじめとするハロプロの歌と表現に関するテキストに、なるほどと思ったり、それは知らなかったと思ったり、俺もそう思ってたとか思ったりしています。

    自分はたぶん、耳の握力よりも目の握力が発達してるタイプなので、主に目で見て勝手に理解してることが多い(理解って言うな妄想って言えw)。
    目だけでなく耳の握力も強い人の分析を読むと、自分が漠然と感じてたことがクリアに書かれてたりしてすっきりする。歌の理解とそれぞれの「表現」の差とか、、、。しかも、なんか書くのが早いっす。すげー。
    自分が娘。小説を書く速度とか思うとびっくりする。うらやましい。


    話変わって。
    こないだ、汐留に行く用事があったので、岡本太郎の壁画「明日の神話」を見に行ったんですよ。が、19:00までだったとは!
    着いたのは20:00過ぎていたので見れず。めったに見れない、壁画を守っているカーテンの画像をどうぞ。あぁ。
    近くには「パイレーツオブカリビアン」の新作のディスプレイ(海賊船とか)があって、よしざーの好きなものだらけじゃんと思いました。


    taro
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    ヲタ心

    2006.10.12 Thursday 14:56
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      ヲタ心その1

      あの腕時計はGW-700BTJ-1JFだと思う。
      リングがシルバーに見える写真あったけど、
      イオンプレーティングって独特の光沢あるから、白い光があたって銀色に見えてるんだと思う。
      ほかにもいくつか俺的な根拠あるけど画像用意してまで検証するエネルギーがないっす。
      次回のハロモニ。で確認できそうだが、あくまで主観ってことで。


      ヲタ心その2

      明日は早稲田の講義だ。音源は期待したいのだが、同時に、
      巡回はあまりしたくないような複雑な気持ちがしている。
      講義を受けた学生のブログとかミクシィのコピペ、見たくないんだよね。
      自分もかつて大学生ってものだったわけだが、その頃って、
      ちょっと偽悪的っていうか、斜に構えるっていうか、アラ捜しっていうか、
      ほめるより批判を言うほうが頭いいと思いがちっていうか、自分のこと棚にあげがちっていうか、、、。
      大学生に限らないけどね。
      社会人でも高校生でも主婦でもみんなそうかもしれない。
      とにかくそういうモードでさ、吉澤の講義の感想書かれそうじゃん。
      批判的な感想書くほうが、よかった点にフォーカスする感想書くより簡単。
      批判するなって言ってるんじゃないのだが、、、。
      平田氏や、吉澤や、ヲタが見ても「なるほど」と思わずうなるような
      学生の感想が見れたら本当にうれしいんだけど。


      (19:40頃追記)
      ああー、でも早稲田スレがちょっといい話になっているよ(涙)

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      半病人

      2007.01.24 Wednesday 02:26
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        掃除好きな半病人のようにして過ごしていた。
        服を片付け、クリーニングに出した。
        紙を捨て、掃除機をかけ、床を拭き、ヤカンを磨き、ゴミ箱の外だけでなく中までもピカピカに拭いた。掃除に疲れると、ただ、ぐったりとしていた。
        メールは書いた。寒中見舞いだけがなかなか取り掛かる気になれず最後になったがそれも
        さっき書き終えた。ほっとしてPCを立ち上げた。

        軽い抑うつ状態とか境界例とかそういう名前のつく状態なのかもしれないと思うほどに、今も私は落ち込んでいる。仕事はなんとかこなしているが、買い物をした時に千円札の枚数を間違えて出したりしている。

        なまじっか、東京にいるのがいけないのかもしれない。
        空を見ては、今ごろ吉澤さんは、とか思ってしまう。

        それでもフレッツの動画とか見て、なんだか和んだりしている。
        新曲もすごい好きな感じで、うれしくてリピートしている。
        吉澤の声、いいなぁと思う。
        と同時に、机においてある吉澤の写真がつらすぎて見れなくてそっと裏返したりしている。矛盾。

        私は娘。小説を書くとき、登場人物の写真を見ながら書くので、机の上には吉澤さんや
        他のメンバーの写真がいつも数枚ある。

        んー、なんだか久々だから文章が硬いな。
        そして、たいていのサイトやブログが吉澤さんの気丈に応えるテンションで更新されているなか、ダウナーで申し訳ないです。でもこれが俺のリアルだから、こうしかできなくて。

        今、書きたいことは3つあります。
        1)強さについて
        2)閉じこもり方について
        3)たかが娘。小説、されど娘。小説(あるいは「書く」ことについて)

        きょうはこのうち1)と2)を。
        3)は長くなりそうだから後日。


        1)強さについて
        吉澤さんが強くなった、という言い方に少しだけ危惧のような気持ちがあって、それを私は「急いで大人にならないで」と15日の日記で書きました。私の言いたかったことをもっとずっと的確に書かかれていたのが、セクシーおとめ塾さくら系心配日記さんの1月16日の記事です。
        以下、引用です。
        「今回の事で強いねえ、強くなったねえ、と言われているのを見聞きしますが、
        よっすぃは強い、という言葉に自ら絡め取られることのありませんように。
        強くあらねばってことではないから。結果強い、と感じる人がいるだけだから。
        無理しなければならないときに無理ができた、とは思いますが、それが強いということかどうか、
        ということをずっと私は自分の事も含めて考え続けています。」
        ああ私の言いたかったことはこれだ、と思いました。


        2)閉じこもり方について
        吉澤さんが大阪のライブに出る決断をしたことについてですが、まったくの妄想ですが、
        吉澤さんは「出ない」と考えたことはなかったのではないか、と思っています。
        「出る」つもりだけど「出る」と言えない、言いたくない。
        外へ向かって「出る」と意思表示をしたら、その瞬間に内側のバランスが壊れて逆に出れなくなってしまう。だから意思表示ができない、という閉じこもり方。
        そういう、意思表示をしない時間がリミットぎりぎりまで必要だったのでは、と思ったりしました。

        ふぅ。

        自意識過剰という言葉はあるけど、他意識過剰っていう言葉はあるのかな。
        他人なのに。
        あー、そうだよ、他人なのに。
        妄想人だから想像しすぎるというのもあるけど、やっぱりちょっとヤバイ状態なのかもなぁ。
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        主観を書くこと

        2007.02.02 Friday 23:01
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          握手会に向けて髪を切ろうと思ったらいつも行ってる店が今週は休みとか。
          土曜日には営業するらしいのだがいつもの人の予約がとれるだろうか。
          てきとーな人に切ってもらうわけにはいかないのだっ
          最高にサワヤカな俺で行きたいのだっ

          でも本当は、握手会なんて行かない方がいいのかもしれないとか思ったりもする。
          三千人以上の人と握手なんて吉澤には負担だろうと思う。

          いや、そんなこと言ってても行くんだけどさ。いい人ぶってごめん。

          与えたいのか、奪いたいのか、ということをときどき考える。
          吉澤さんに元気を。吉澤さんから元気を。
          自分はどうしたいんだろう、と。
          たぶん、どっちも正解ではなくて、そういう問い自体が間違ってる。

          横アリは二日とも行ったんだけど、二日めに自分としては珍しく、露店の写真を買ってしまった。
          一日めの吉澤さんの写真。新曲を歌ってる時の。
          なんか自分の目で観た印象より、ずっと元気そうっていうか、くっきりしていた。
          それで、ああ、こんなだったんだ、と自分の印象を訂正・上書きするような気分でそれを買った。

          一日目、私は吉澤さんをよく見れなかった。
          過剰な思い込みを押し付けるような見方になるのが怖かったから。

          笑顔でいれば、無理してるのではないかと思う。
          笑顔でなければ、笑顔でいてほしいと思う。
          矛盾だらけ。
          詮索するような目線で吉澤さんを見てしまう自分が嫌だった。

          「相対的な吉澤」「すごい主張するっていう感じではなかった」「ほっそいなぁ」と私は書いた。
          それが精一杯で、自分の主観に自信がなかった。だから写真という客観を求めた。

          事実と意識。客観と主観。その溝にはまり込んでいました。
          主観から逃げずにもっと考えればよかったと、ある方の、、、ああ、変に伏せるのも違和感があるので思い切って書きます、ろてさんのブログを見て私は思いました。

          大丈夫じゃないんじゃないかって書くことは、ともすれば、自分だけが気づいた、見抜いた、と自分の繊細さをアピールしてるように誤解されるかもしれないし、せっかくがんばっている吉澤さんの努力をひっくり返す言葉のように誤解する人だっているかもしれない。そんなふうには見えなかった、と怒る人だっているかもしれない。
          そしておそらく、そんなふうに感じた(書いた)自分は、そんなふうにいちばん感じたくない(書きたくない)自分でもあるわけで、その戸惑いや苦しさを思うと身体が固まります。

          今、私が書きたいのは、吉澤さんが大丈夫かどうか、ということではありません。
          主観を書く、ということの難しさです。
          吉澤さんが大丈夫かどうか、は、誰にもわかりません。
          吉澤さん自身にだってわからないかもしれません。

          ただ「大丈夫じゃないんじゃないか」と思った人にとっては、それが主観的な事実であるということ。
          その重さについて考えています。

          主観的な事実、と書きましたが、これは主観と客観をつなぐっていうか、人によって異なる事実、みたいな意味で使いました。たとえば、食べ物のおいしさとか。違う位置から見た山のカタチとか。

          私は、主観的な事実を記録しておくのはいいことだと思っています。
          むしろ、記録しておくべきだと強く思います。
          だって、それは、変化するから。同じではないから。

          次はどう思うか、わからないじゃん。

          昨日と今日が全然違う日であることをイヤというほど思い知らされたからこそ、
          その時その時の自分の感覚を大事にしたいです。
          思い込みと決め付けにだけ気をつけて、と。


          ああ、何を言いたかったんだろう私は。


          書くってすごいコミュニケーションだと思ってて。
          自分の内側に対しても、外側に対しても。
          だから緊張しないわけはなくて。
          でも、最小限の緊張だけであれこれ書いてほしい人のひとりだから、
          なんか言いたくなって、書きたくなって、書きました。















          ・・・・・きっと空回ってるよ俺><
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          ヲタの魂、推しの顔

          2007.04.05 Thursday 00:53
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            「ブログとかやってるんですか?」と尋ねられたら「やってないですねぇ」とウソをつくしかないと
            思っていたが、幸い、誰にも聞かれなかった、ハワイの話ね。
            pという人にはパスポートに記載されている別の名前もあってこんな風体をしてるってことは今のところ
            Nobody knowsと自分では思ってる。知られてないからエロとエゴ丸出しの文章を書けてる。
            もし顔とかバレたら書き続けられるかどうかわからない。や、書けるかもしんないけどさ。
            でもわかんないから。俺、こことか娘。小説大事だし書けなくなるリスクはとれない、まだ。
            迷った末に「まだ」とつけた俺の歯切れの悪さ。
            会場とかであの人やあの人もここにいるんだと思うと名前を呼んで今のあれすごかったね見た?とか
            言いたい瞬間は過去にもあったしこれからもあると思うから本当は歯切れ悪い。
            でも自信ない。いろんな意味で。だから匿名絶対キープ。ハワイも同じ。誰とも話さないつもりで。
            それで楽しいのか?それでも行きたかったFCツアー。

            でも、まぁ、やっぱ、流れで言葉を交わさせてもらったヲタの方々もいて、
            生まれて初めて俺はヲタ名刺というものをもらいました。

            推しの写真がプリントされた名刺。
            ふんげーかわいいの。
            それ見た瞬間「あ、似てる」と思った。
            高橋愛とあんたは似てる、と。
            名刺をくれたヲタは、プロレスラーですかと言いたい巨漢だ。
            フツーに言って似てない。どう見ても似てない。でも「似てないけど似てる!」って思ったんだよね。
            なんていうか、そのヲタを水で煮たら中から名刺の写真の顔をした小さな人間がクルンって出てきそうな気がした。内包してるというか。この感覚に戸惑った。

            それまで、ヲタは自分に無いものを推しに求めてると俺は思っていた。
            俺含めて、どーしても外見弱いやつが多い。外見弱者という言葉があるようだがまさにそれ。
            きれいだったり楽しそうだったりする姿に惹かれるのは自分に無いからだと。

            でもそのヲタ名刺を見た時感じたのは逆のことだった。
            あんた内側に高橋愛持ってるじゃん、という感覚。
            その時に思い浮かんだ言葉が「ヲタの魂、推しの顔」ってことだった。
            俺たちキモい外見弱者だけど魂は推しの顔してるんだよきっと。

            そんで、ヲタが見つめる「推し」っていうのは
            自分の外側と内側、両方に同時に存在するものなのかも。
            非常に抽象的だけどそんなこと思った。
            同時に2ヶ所に存在する物質、量子力学かなんかで読んだことあるような気がして名刺を手にしながら思い出そうとしたけど当然思い出せなかったし今も調べる気力はないのだが。


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            ヲタの全力って

            2007.04.20 Friday 07:01
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              (10:55追記)

              新曲のイベント詳細発表なったじゃん?
              30枚予約って十分ドン引きレベルだと思ってたけど、それでも全部外れる確率は0じゃないと思う俺は相当石橋叩き。30枚全部外れたら逆にネタとしておいしい。でも心配になる。もっと買うべき?や、それはおかしい明らかにもういいだろw

              「全力って何だろう」って最近ずっと考えてる。あと「かっこいい」とは何か。
              同じことかもしれない。
              ヲタとしての全力。
              卒業まで全力で突っ走るとは。

              「カッコ悪い」のはわかる。
              俺にとってカッコ悪いヲタのいちばんはスケブ。
              特に、自分の手にしたスケブを叩いたりして「こっち見て」ってやってる奴の顔は悲しくなるほど醜い。外見の美醜ではなくて心のさもしさが表情に現れている。

              自分の気持ちを表現したい、というのはわかる。拍手も声援も自分の気持ちの表現だ。
              でも自分のスケブを叩くヲタの欲望の中心は「表現したい」ではなくて「見返りがほしい」にある。「見てもらわないと気が済まない」というものになっている。いつの間にかズレてしまったのだろう。自分のやっていることが拍手や声援と全く違っていることにどこまで気づいているのだろうか。

              書いてる言葉も、そうまでして見せたいんだから何かとてつもなく大事なことを
              書いているのかと思えば、「きょうもカワイイ」とかじゃん?わけわかんねーほんとわかんねー。

              俺の気持ちはあんな薄っぺらなスケッチブックにはおさまらない。
              俺の気持ちは吉澤が見ようと見まいと関係なくここにある。どうしようもなくここにある。
              俺はただ表現するだけ。身体から外へ。拍手やフリコピやCD大量購入やブログや娘。小説で。


              ヲタのハミ出す思いがスケブになり、特攻服になり、卒業などの企画仕切り活動になり、ブログになり、娘。小説になる。
              共通するのはそれぞれのヲタにとって「それをやらずにはいられない」という思いだ。
              その意味でこれらのヲタ行動は並列で等価値だ。
              思いがハミ出て特攻服になるか小説になるかの違いだけ。

              卒業企画のサイトを見ていて「吉澤さんが喜んでくれることを目標に活動をすすめています」という
              文章を見て衝撃を受けた。

              上で並列って書いたけど、娘。小説だけは並列だけど異質。
              見られたら困るw
              絶対喜ばれないという点で異質。
              ていうか小説に関しては喜んでくれるとかくれないとか考えたこともないw
              喜ばれないことにエネルギーを注ぐって考えたらおかしいよな。

              話がそれました。
              ヲタの全力って何だろう。卒業まで全力で突っ走るってどういうことだろう?
              それを考えていたのだった。

              行けるライブは全部行くこと?
              オークションでできるだけ前の席を落とすこと?
              大量にCDを買うこと?
              24時間吉澤のことを考えること?

              わかんねー。

              時間とお金と情熱をカッコ悪くなく放ちたい、空へ、五月の空へ。それだけなんだ。

              行動ではなくて気持ちなのかもしれない。
              どういう気持ちでそれをするのか。

              欲望よりも感謝を。
              奇跡をよろこぶ気持ちを。
              吉澤だけでなく。
              自分もまた奇跡であることを認めたい。


              (追記)

              読み返してみた。
              30枚予約もそうとうカッコ悪いわけだよなぁ(苦笑)
              俺は「見たい」のであって「見られたい」とは思ってない。
              個別に認識されたいとも思っていない。
              だからと言って・・・・。
              見れるものは全部見たい、と思う程度には強欲なわけで。
              もう少し考えてから書いたほうがよかったかなと思ったりしています。

              はろよしの感想はアマゾンのが来てから書こうと思っています。
              でももう胸がいっぱいだ。
              テンションあがったりさがったりですw




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              卒バナー!

              2007.04.26 Thursday 02:01
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                SSAに向けて緊張が高まっています。
                卒業企画には私も協力します。白サイリウムを持参します。
                でも卒業企画のバナーを自分のブログに貼ろうとすると手が止まります。貼りたくない、貼れない、という気持ちになります。

                なぜなんだ?
                私はなぜためらっているんだ?

                バナーを見るたびに感じる微妙な違和感。
                このモヤモヤを言語化したくてここ数日ずっと考えていました。
                きょうは私が卒業企画のバナーを貼れないと感じた理由について書きます。
                企画の内容とかそういうことではなくて、あくまでも「バナー」を見て思ったことです。

                「吉澤ひとみ卒業企画 5月6日SSA夜公演は白サイリウム」
                「吉澤ひとみ卒業企画(数本の白サイリウムの画像・アニメ)」
                「サイリウムは『白』 吉澤ひとみ卒業企画」

                用意されたバナーは上記の要素で構成されています。
                ちなみに、企画のトップページには、卒業企画とは別の2つの賛同企画のバナーがあります。賛同企画のバナーにはこう書いてあります。

                「吉澤ひとみさん 祝 卒業メッセージ」
                「よっすぃー Birthday Project 22」

                賛同企画のバナーは、企画のタイトルだけがあり、それがどのような企画であるか、内容までは触れていません。そしてそのことに特に不満も違和感も感じません。クリックすればわかることだからです。それに対して卒業企画のバナーは「白サイリウム」という企画の内容が必ず盛り込まれています。

                賛同企画バナーと卒業企画バナーを比べた時、私は自分の感じた違和感の理由のひとつがわかりました。卒業企画のバナーは次元の異なる情報が混在しているため、見る者に負担を強いるのです。

                どういうことか、説明します。

                「吉澤ひとみ卒業企画」という企画タイトルが本の表紙とすれば、「白サイリウム」という企画の内容は本の中身、目次や本文にあたることです。このバナーを見たとき私が感じた違和感は、本の表紙に本文が流れ込んでいるような困惑でした。
                次元の異なる情報が並列に、あるいは、バナーによっては本文であるべきものが逆にタイトルより大きく扱われているので私は一瞬、戸惑ったのです。

                つまり、「企画の告知」と「企画内容の告知」が混在してるんですね。
                次元の違う情報をいっぺんに見せられると、見る者は困惑と負担を感じます。

                もし、卒業企画のバナーが賛同企画のように情報の優先順位をつけて、
                「吉澤ひとみ 卒業企画」「よっすぃ卒業おめでとう」
                という表紙の要素だけだったらずいぶん印象が違ったのではないかと思いました。

                今私が書いているのは「次元の違う情報が混在してることへの違和感」であって「白サイリウムへの違和感」ではありません。
                (私は白サイリウムに反対しているわけではありません。)

                さらに考えてみました。
                情報が混在していても、負担にならないことだってあるのではないか?
                情報量が多くても、ひとめで必要なことがわかって「便利でよかった」と思えることもあるのではないか? おそらくこのバナーの意図もそうなのだと思います。でも、私は「便利でよかった」と感じませんでした。

                なぜ、このバナーでは「便利でよかった」という気持ちにならないのか?

                情報の質が「告知」なのか「依頼」なのか、ということに関係あると思いました。

                「吉澤ひとみ卒業企画」という情報は「告知」です。そういう企画がある、と知ってもらうことが目的です。では「白サイリウム」という情報はどうでしょうか?
                「白サイリウム」という情報は「依頼」です。「告知」ではありません。なぜかと言うと「卒企画は白サイ」と知ってもらうことで完結するのではないからです。知ってもらって、そのうえで当日、手に持ち、点灯するという行動をしてもらうことまでが目的です。そういう意味で「白サイリウム」という情報は「告知」ではなく「依頼」なのです。

                情報が「告知」であれば、つまり、知ることで完結する情報であれば、多少情報が混在していても「便利でよかった」と思えることはあるのですが、これこれをしてくれ、という依頼は、やはり、いきなり言われると「え?」と感じます。
                告知と依頼という情報の性質として大きく異なるものが並んでいることでこのバナーは損をしていると感じました。

                「依頼」と「告知」が区別されていない。
                それはどういうことかと言うと「決まったからやって」という雑な印象を相手に与えてしまうということです。送り手の意図はそうではないにも関わらず。企画決定にきちんとしたプロセスを経ていることはもちろん私も知っています。だからこそ残念です。

                みんなに協力してもらいたい、と急ぐあまり、このバナーは損をしているんだなぁと思いました。
                依頼というのは他者の反応と行動を求める行為です。他者の反応と行動を性急に求めてしまうメンタリティ、また、狭い面積の中でコミュニケーションを成り立たせようとして文字を放つメンタリティはスケブ感覚に近いものがあるような気もしました。

                私が卒業企画バナーを見るたびに感じた違和感の原因をまとめると、こうです。
                次元の違う情報の混在。(表紙に本文が流れ込んでいるような)
                性質の違う情報の混同。(告知と依頼が区別されていない)
                それらによる違和感。

                以上が、私が卒業企画のバナーについて感じたことです。

                バナーについて何日も考えてしまう私も相当どうかしています。自分はもしかしたらバナーヲタなのではないか、と思うほど考えました。もちろん、バナーに問題があるわけではありません。きちんと機能していると思います。たまたま、私がふと立ち止まってしまって根掘り葉掘り考えてしまったというだけです。バナーにとってこんなに災難なことはありません。

                違和感を感じようがどうだろうが、吉ヲタならバーンと貼っとけ、という考え方もあるし、そのように行動されている方もいらっしゃるかもしれません。何度も書きますが、私は企画に反対してるわけではありません。批判やその他の目的のために書いたのではありません。細麺のラーメン屋に行って、「ああ俺は太麺が好きだな」と思ったというのと同じです。自分の味の好みを再確認した、という以上の意味はありません。自分のモヤモヤとした違和感が何だったのか言語化したかっただけであることを再度書き添えて締めくくりとさせていただきます。

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                買えば買うほど乞食になる

                2007.04.29 Sunday 23:09
                0
                  東京B楽しかった。東京の司会の男よかった。大阪いまいちだったのは司会の問題か。しかしああいう司会って何者?名乗らないよね。

                  トークは楽しかったが、握手会は最悪だ。
                  ていうか、そんなにヲタと接触させるのがイヤなら握手会にしなければいいのにw
                  俺は握手会にしてくれなんてひと言も言ってねーよ。そっちで勝手にそうしたんじゃねーか。
                  「どうぞ」て言うから部屋にあがったら「なんで入ってくんだよ?」と怒られたみたいな戸惑い。

                  あんなふうに捕虜の移送みたいに押されて流されるために俺はイベントに応募したのではない。

                  誰でも彼でも見境なく押す。単純に失礼。汚い手で俺の身体に触るなと言いたかった。
                  握手の前に俺のてのひらをチェックするなら、俺にさわるお前らのてのひらも俺にチェックさせろ。
                  俺の服を傷つける可能性があるから指輪などのアクセサリーは外せ。

                  大阪でも東京でも俺はただ「ありがとう」とだけ繰り返して立ち止まることなく片手で進んだ。メンバーの負担をなるべく軽くしたかったからだ。握手なんかせずに帰るのがいちばん負担にならないことなんだろうと思ったけどそれはやっぱりできなくて。前の奴が粘ったりすると列が滞り、俺まで身体がつんのめるほどに背中や腰をつかまれ押され流された。なんなんだこれは。

                  帰ろうかと東京では本当に思った。
                  でも帰れなかった。あんなふうに乱暴に、失礼に、人としての尊厳などないように扱われるのがわかっていてもその列に並んでしまう自分がみじめだった。自分の煩悩が悲しかった。俺はそんなに飢えているのか。そんなに心が貧しいのか。

                  買えば買うほど乞食になる。

                  そんな言葉が浮かんだ。本当に悲しかった。

                  大阪でも東京でも順番はあとの方で、握手をしていく娘。たちを眺めていた。
                  ヲタと、ヲタの後ろに立ち、背中や肩や腰をつかんで押す者たちを見ていた。
                  変に粘る奴も確かにいる。でもフツーにしてる奴まで、とにかく全部押すんだよねw
                  ほんとバカみたい。だんだん悲しみがおかしさになっていった。

                  アイドルとヲタとヲタ排除係。
                  今度生まれ変わるなら、どれがいいだろう?

                  うーん。どれも大変だよなw
                  でも少なくとも俺はヲタ排除係にはなりたくない。
                  バイトだか事務所だかわからないが、俺はああいう仕事でなくてよかったと思った。
                  ヲタ排除係に生まれ変わるぐらいなら、俺はもう一度ヲタでいい。
                  俺は、猫背にならないように気をつけようと思った。
                  背筋を伸ばして握手をしようと思った。

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                  「修行でしたね」

                  2007.04.30 Monday 02:07
                  0
                    握手会になぜそんなにセンシティブになってしまったのか、冷静に考えると以下のようである。

                    やっぱさぁ30枚とか買ったことに罪悪感があるんだよね。
                    音楽をモノとして扱ってしまった。
                    ただでさえ恥ずかしいことをしたのに、しかもそれが結果として「接触」を求めての行為になってしまった。二重に自己嫌悪っつか。握手会じゃなければ自己嫌悪はまだ浅かったのにヽ(`Д´)ノウワァァン!! みたいな気持ちで反発したんだ俺は。

                    音楽をモノとして扱ってしまったから、モノのように扱われた。
                    それだけのことだ。因果応報。

                    はぁ。

                    修行だよ人生は。
                    吉澤がめざまし土曜日で言った通りだ。
                    吉澤すげーなぁ。

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                    モノじゃないもの

                    2007.05.01 Tuesday 01:04
                    0
                      CDをモノとして扱ったことを後悔していると前回書きました。
                      昨日の東京Bでさ、クイズで正解した吉澤や亀井に司会者が

                      「賞品は『悲しみトワイライト』一年分です!」

                      って言って目録を渡したじゃん?365枚ってことで。「レコード会社太っ腹ですねー」って司会が言って。
                      『悲しみトワイライト一年分』って言葉がおもしろくて俺も笑っちゃったけど、すぐ、じわっとイヤな気持ちがした。娘。たちはうれしくなかったんじゃないかと思った。自分たちのCDをたとえ冗談でもそんなふうに扱われて。実際微妙な表情だったと思う「へぇ」って。もしこのイベントのアーティストがモーニング娘。じゃなくて布袋寅泰だったら(いや、誰でもいいんだけどコワモテの男性アーティストだったら)そんな「賞品」にしただろうかしないよね。フツーに失礼だもんやっぱ。

                      自分の中でうっすら感じてた「30枚って・・・・・」な気持ちにはっきりとNGが出たのはその時だったかも。

                      モノとは何か。
                      モノとは取引可能なもの。対価性があるもの。

                      感動はモノじゃない。モーニング娘。のCDはモノだけどそこに詰まってるのはモノじゃない。感動だ。感動は交換できない。俺の感動をそのままあなたにあげることはできない。説明したり、同じものを見たりすることはできても。痛みや味覚と同じ。だから価値がある。

                      でも、あのイベントで俺は大量のCDと握手を交換したことになってしまった。

                      音楽も握手もモノじゃない。
                      握手はモノじゃない。人間の身体はモノじゃない。
                      なのにモノのように取引対象になっていた。それが俺にとっての昨日のイベントだった。

                      CDをモノ扱いしたのは俺の過ちだ。
                      握手をモノ扱いしたのは事務所とレコード会社の過ちだ。
                      どっちもどっちだ。

                      これはすべて「モノとしてCDを大量に買ってしまった」俺にだけ当てはまる話です。
                      ふつうに購入してイベントを楽しんだ人にはまったく当てはまらない話です。個人的な感覚の話ばかりして楽しんだ人の気分を害してしまったかもしれません。すみません。(俺もトークは楽しかったんだよ。亀テキトーで)

                      一枚買って応募した人がいちばんきれいだったと思う。当たり外れ関係なく。
                      一枚応募の人だけ当選とかだったら、作り手にそういうセンスがあったらすごいイベントだったかもしれないね。

                      イベントについて感じたことは以上です。
                      おとといは一日に何回も更新してしまいました。
                      吉澤卒業が迫り、あたまがおかしくなっていると思われます。
                      卒業までこんな感じで更新していくかもしれないかないかもしれわからないけどわぁああ。
                      頭がくるりんれぼりゅーしょん!
                      とりあえずのちほどエロい名古屋の感想、載せます!みきよしがっ!
                      (ってみんなもう知ってるか)

                      category:ヲタ | by:pt-boilcomments(2)trackbacks(0) | -

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